【舞鶴公園】高鍋町の歴史を知るならココ!城跡や神社などパワースポット満載

今回は、宮崎県児湯郡高鍋町にある「舞鶴公園(まいづるこうえん)」へ行って参りました!
「舞鶴公園」は、高鍋城の跡地を整備した公園です。
高鍋城は残っていませんが、舞鶴神社、高鍋護国神社、歴史資料館、城主の秋月氏の住居跡など見どころ満載なスポットとなっています。
春には、約1000本のソメイヨシノが咲くそうですよ!
そんな「舞鶴公園」の魅力をこの記事で紹介していきます♪

この記事で分かること

「高鍋城」の歴史
「高鍋城」の城跡の様子
「舞鶴公園」の利用時間・場所
「舞鶴公園」の見どころ
「高鍋町歴史総合資料館」の利用時間・料金

こんな人にオススメ!

☆歴史やパワースポットが好きな方
神社やお城などのパワースポットが大好き!
その町の歴史を知りたい!

☆お疲れの方
のんびりと散歩したい!
桜が見たい!
自然に癒されたい!

高鍋城の歴史【ウィキペディア参照/簡単に】

高鍋城は、かつて財部(たからべ)城と呼ばれていました。
平安時代末期に、日向の豪族となった土持氏によって築かれたといわれる古城です。
戦国時代には、伊東氏の所領となっています。
天正15年の豊臣秀吉による九州征伐以後、筑前秋月城主であった秋月種実が移封され、城も秋月氏のものとなります。
延宝元年に、「財部城」から「高鍋城」に名を改めました。

ウィキペディア(Wikipedia)参照

「舞鶴公園」の名前の由来

「舞鶴公園」は、高鍋城の跡地を整備した公園です。
高鍋城は、鶴の羽ばたく姿に似ていることから別名「舞鶴城」とも呼ばれていました。
このことから、「舞鶴公園」と名付けられています。

舞鶴公園の利用時間・場所

INFORMATION

施設名舞鶴公園
住所〒884-0006 宮崎県児湯郡高鍋町大字上江1345
営業時間終日開放
定休日無し
電話番号0983-26-2014 高鍋町役場建設管理課
料金入場無料
駐車場57台 無料

MAP

舞鶴公園の見どころ

舞鶴神社

舞鶴神社の由緒

明治4年(1871年)、舞鶴城内にあった5社を一ヵ所に合祀し、旧城名を取って「舞鶴神社」と称しました。
境内には、旧八幡宮の御神木で国の天然記念物「高鍋の大クス」などがあります。

舞鶴神社の御祭神(祀られている神)

  • 八幡宮:(武士の神)応神天皇・底筒男神・中筒男神・上筒男神
  • 天満宮:(学問の神)菅原道真公
  • 白山神社:漢高祖・後漢霊帝・阿知使王・大蔵春實以下秋月家代々の神霊
  • 財部大明神:財部城主初代の土持直綱公命
  • 龍宮:(水の神・農の神)闇淤加美神(くらおかみのかみ)

高鍋護国神社

高鍋護国神社(たかなべごこくじんじゃ)は、明治元年戊辰の役から大東亜戦争までの戦死者を祀っています。

高鍋護国神社のご社殿

萬歳亭はなれ

「萬歳亭(ばんざいてい)はなれ」とは、高鍋藩最後の藩主・秋月種樹(あきづき たねたつ)の住家です。
現在は、種樹の次男の秋月種英(あきづき たねひで)が書斎として愛用していた別棟のみが保存されています。

水琴窟

「水琴窟(すいきんくつ)」は、萬歳亭はなれの中庭にあります。
「水琴窟」とは、水を流すと、落ちた水が水滴となって空洞の底面に溜まった水に落ち、その際に綺麗な音が鳴る仕組みのことです。

音色は、動画で聞いてみてください♪

寒山拾得石像

「寒山拾得(かんざんじっとく)石像」は、頭から顔面にかけて長い傷跡があり、俗に「かんかんさん」と呼ばれています。
寒山・拾得は、唐(中国)の伝説上の二人の高僧です。
この二人は文殊菩薩(もんじゅぼさつ)、普賢菩薩(ふげんぼさつ)の生まれ変わりといわれています。

寒山拾得像の言い伝え

この石仏が江戸の藩邸にあった頃、毎晩邸内を歩き廻る怪しい者がいるので、宿直の武士が妖怪の仕業と考え、待ち伏せて一刀切りつけました。
手ごたえはありましたが、姿は消え失せてしまいます。
翌日その武士は高熱を発し、邸内の石仏には刀のあとが残っていました。
その後、秋月家に何か異変があると、石仏の傷がはっきり表れ夜泣きして知らせてくれたといいます。

“よく願いがかなう”と言われ、高鍋のパワースポットとなっています。
毎年5月10日に地元の方々がお祭りをされているそうです。

刀工鍛冶場と御殿井戸

刀工鍛冶場

刀工鍛冶場(とうこうかじば)は、秋月家のおかかえ刀工師である岩下氏の鍛冶場を復元した建物です。

刀工鍛冶場に入ると人形があったので、かなりビクッ!としました・・・。
とてもリアルです。

御殿井戸

萬歳亭が建てられたのと同時に、この井戸も掘られたのではないかと言われています。
この水は冷たく美味しいと評判が良く、近隣の人々がこの井戸水を汲みに来ていたそうです。

領国境標柱

2本の石柱は、高鍋藩領の境界に立てられていたものです。
左側の標柱には「これより北東高鍋領」と書かれています。
右側の標柱には「これより東南高鍋領」と書かれています。
佐土原藩との境であった新富町鬼付女(きづくめ)に建てられていました。

このような標柱は、県内でも7つしか発見されていません。
しかも三面に文字が刻まれているのは、他県にも例の少ない貴重な資料であるといわれています。

戊辰の役 殉難招魂の碑

「戊辰の役(ぼしんのえき) 殉難招魂の碑(じゅんなんしょうこんのひ)」とは、秋月種樹が明治維新期に倒幕派と幕府派との内戦(戊辰戦争)で戦死した勇士の霊を悼み、万感の想いを碑文にしたものです。

舞鶴神社側の階段の先にあります。

高鍋城の城跡

高鍋城本丸政庁・奥御殿跡

高鍋城は残っていませんが、所々に城跡が見られます。

長峰門跡

本丸跡・奥御殿跡
舞鶴公園は、桜の名所としても知られています。
春には、約1000本のソメイヨシノが咲きます。
毎年3月下旬~4月上旬には、高鍋城桜まつりが開催されます。
※2021年は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、予定が変更される可能性が有ります。

お城の丸石垣が残っています。

高鍋城灯籠が、毎年10月に開催されます。
参加者の手によって、高鍋城周辺に設置されたおよそ10,000基の石灯籠や竹灯籠に一斉に火が灯されます。
※2020年は、新型コロナウイルスの影響で中止となりました。

高鍋城の山頂

本丸から山頂への登り口

坂道が続きます。
息切れしました。
鳥がたくさん飛んでいて、鳴き声に癒されます。

山頂近辺

何だろうこれ?
宇宙と交信できる何かかと思いました。
謎です。

高鍋城の山頂にある公園

坂道を登っていると、途中に遊具がある公園がありました。
2020年現在ではあまり見かけなくなった、回る遊具がありました。
さっそく回ってみる子どもたち。

古風な感じの滑り台もあります。

石で出来ている滑り台のようです。
子どもがズボンが破れそうと言っていたので、お気に入りの洋服では滑らない方が良いかもしれません。

高鍋城の山頂にある展望台からの眺め

公園からさらに上に登っていくと、展望台へとたどり着きます。

高鍋町が一望できます。
町の向こうには、太平洋も見えました。

高鍋町歴史総合資料館

「高鍋町歴史総合資料館」は、舞鶴公園内にある施設です。
昭和61年に開館し、高鍋町の貴重な歴史資料や民族資料などが数多く展示されています。
他にも、豊臣秀吉の朱印状や藩主の鎧兜、高鍋城下絵図、高鍋藩領内絵図、参勤交代で使用された海路図など貴重な資料が展示されています。

INFORMATION

施設名高鍋町歴史総合資料館
住所〒884-0003 宮崎県児湯郡高鍋町大字南高鍋6973-2(舞鶴公園内)
営業時間10:00~17:00
最終入館16:30
定休日毎週月曜日、祝日の翌日、12月28日~1月4日
電話番号0983-23-1322
料金大人210円(団体170円)、子ども(小中学生)100円(団体80円)
※団体は20名以上

共通券:大人340円、子ども(小中学生)160円
※共通券は歴史総合資料館・美術館・黒水家住宅がとおして入館可能
駐車場57台 無料

※このページの情報は、2020年12月時点の情報となりますので、お越しの際は事前にご確認のうえ、おでかけください。

高鍋町歴史総合資料館でもらった領収書がカッコイイです!

1日1,000円で「クロスバイク」がレンタルされていました。
高鍋町歴史総合資料館の受付で申し込めば、レンタルできるようです。


Movie

まとめ

「舞鶴公園」は、いかがでしたでしょうか?
「舞鶴公園」には見どころが多く、一日楽しめる場所でした。

舞鶴公園に行けば、高鍋町の歴史を知ることができます。
また、神社や「寒山拾得石像」という願いが叶うと言われるパワースポットもあり、御朱印を集めている方やスピリチュアル好きな方にもオススメです。

昔、お城があったことが分かる跡が見られ、現代社会で生きる私たちにとって昔の様子を感じることが出来るとても貴重な場所です。

のんびり散歩できる場所でもありますし、春には桜を見ながらお散歩したいですね!
春に行われる桜まつりや、秋に行われる高鍋城灯籠などのイベントにも行ってみたいと思います。
新型コロナウイルスで開催が中止となる場合もありますので、公式情報をご確認ください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。